「終わらざる夏」 浅田次郎

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「終わらざる夏」(上巻)(下巻) 浅田次郎
1945年・8月15日。ポツダム宣言を受け入れた日本が負けて、
太平洋戦争は終わった。しかし、その3日後に、はるか北の、北海道よりもっと先の
千島列島の果てで、アメリカではない敵・・・ソ連軍から侵攻を受ける形で
もうひとつの戦争が始まった・・・。

このショッキングな事件を、政治的な視点や歴史的な視点に持っていかずに、
その戦場に居合わせた人々を一人ひとり丁寧に描き上げることで、戦いの無意味さ
むなしさ、そして、そんな場においても美しく正しくあろうとうする人々のせつなさを
読者につきつける、すごい小説です。

主人公と呼ぶべきひとは、3人います。
ひとりは、45歳の翻訳小説の編集者・片岡。彼は妻と息子と暮らし、いつか
ヘンリー・ミラーの性的な(つまり、人間らしくあるがまま愛し合う)物語
「セクサス」を訳したい、とひそかに思っている賢く、まじめな人です。
さらに、アメリカに妻子とともに渡り暮らしたいという夢も持っていたので、
その国を敵として見なすことにもどこか戸惑っていました。兵役免除の
年齢まであと数ヶ月のところで「英語の専門家」として赤紙を受け取り、
オホーツクへ飛びます。

ふたりめは、戦争の申し子のような鬼熊と呼ばれる男です。彼は、かつて
2度も大手柄をたて、紙芝居や軍人への説教に使われるような「兵隊のお手本」的
人物です。しかし、実際の彼は、母ひとり子ひとりの家で育ち、老いた母のために
孝行したいと願っています。しかし、再び戦場に赤紙で呼びつけられます。
ヤクザやならず者を、そのうち、無粋などこかから「美化しすぎ」とか突っ込まれて
しまいそうなほど魅力的に一本気ないい男に書くのが上手な浅田次郎らしい
鬼熊のキャラ立ちにはグッと来ます。読んでいて香川照之のイメージに
なりました(「龍馬伝」の弥太郎からの連想かしら)。

そして、郷土の星、と呼ばれるべき優等生であり、志高き医学生の菊池も、
ふるさとの人たちの病気を治し、無医村も多い郷里の医療に貢献したいと
願っている純朴で高潔な青年でしたが、赤紙1枚で戦場に赴くこととなります。

彼らの家族、仲間、そして敵のソ連兵たちの物語がからみあい、まるで
大編成のオーケストラの演奏にのみこまれるように、引きずり込まれます。

戦争の場面ももちろん迫力があり、その力と力のぶつかり合いがむなしくて
読んでいて息苦しくなるのですが、それに劣らず胸に迫ってきたのが、
赤紙を渡すサイドの人たちの苦悩です。大本営から「○人出せ」と人数で
命令され(命令する側も若き軍部のエリートだったりして、苦悩はもちろん
あるのだけど)、それに適合した男子を名簿をめくりながら探していく係りの人
(自分の地元だから、知っている人も多い名簿を見るわけです)、そして
用意された赤紙を家家に配る人・・・彼らの「戦場に人を送り出してしまう責任」
への苦しみは、読んでいて本当につらかった。今まで、ドラマや映画で
「赤紙をもらって悲しみ、葛藤する人たち」は描かれてきたけれど、その
用意する側もつらいに決まってる、という当たり前のことを考えたことが
私は今までなかったので、衝撃でした。

正直、当時の文書のかたちをとった戦争の命令書みたいな部分や、
オホーツクの地形や歴史を説明した部分など、すらすら読みやすいとは
言いがたい部分もありますが、最初はそのへんは極端な話読み飛ばしても
いいと思います。生きている人たちが悩み、苦しみ、つらい日々の中でも
時々はうれしいことがあって、という姿を読み、記憶に残れば、もうそれで
十分読んだ意味があるというか。

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もう、読んでよかったっていうか、今まで知らないことがこんなにあったとは、
そして、その人たちの尊い苦労のおかげで今、こんなに平和(景気が悪いとか
それ以前だったんですものね、60年ちょっと前の日本なんて)なんだな、と
打ちのめされるべきだったんだ、と思いました。ある意味ショックというか、
普通のそのへんのおじさんが兵隊にされちゃう時代って相当おかしかったよな、
とか、もう、いろいろな思いで半日くらい頭のなかぐっちゃぐちゃでした。



極東軍事裁判は、裁判としては非人道的な部分が多大だったわけで、そこに
日本の「神」だった天皇陛下を引っ張り出さずにすんだのは正解だったと
思うけど、実際に戦争に対しての責任が皇室にあったかといえば、やっぱり
あった気がする。聖戦っていうことで、便宜上、ブランドみたいに間違った
使われ方をしてしまった部分があるのは分かるけど。
実際に玉音放送をされた昭和天皇、疎開などの経験もあるという今上は
そういう歴史を分かった上で皇族としてやってこられたのだと思うけど、
戦争を知らない世代であるところの東宮様や雅子様はそのへん、
どうお考えなんだろう。公務も大切だけど、同じくらいそういう「日本に皇室が
今もあり続ける意味」を考えるという姿勢もお持ちだといいな、と思う。
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by tohko_h | 2010-07-03 15:34 | reading