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「メタボラ」桐野夏生

「メタボラ」桐野夏生_a0079948_304085.jpgメタボラ(上)(下) 桐野夏生 ※朝日文庫版
沖縄の密林で身分を証明するものを持たず、
記憶を失って山奥で倒れていた「僕」を助けてくれた
昭光。彼は、僕に「ギンジ」と名前を与え、自身も
「ジェイク」と名乗り、人生をリセットしようという…
こうしてふたりの旅は始まった。



お気楽に生きる沖縄出身のモテモテヤンキー男・ジェイクといい
南の島で流されて生きているだけのくせに悪あがきしている人たちといい、
もう、読んでてイライラするタイプのキャラの見本市みたいな桐野作品。
ロードノベル風にすすむが、エピソードは感動系でもなく、どちらかというと
腐臭漂う、もし自分の周囲で起きてたら見てみぬふりをしたくなるタイプの
ことばかり(お金目当てのナンパ、沖縄での自分探し、モテる男に媚びる
女の卑屈なしぐさ、などなど・・・)。


それなのに。
最初の「僕」とジェイクの出会いのシーンから、この小説にものの見事に
釘付けにされた。負の引力というか、やだ、ほんとうにいやだ、と、嫌悪感が
募っていくのと同じ速度でページをめくらされてしまう、これはどういうこと??

私は、後味の悪い小説も、浅はかな人間が自分勝手に生きる姿を描いた小説も、
最後は個人的な経験から沖縄が舞台の小説も、嫌いだ。それらをすべて
兼ね備えているというのに、私は「メタボラ」そのものを嫌悪できない。
読み終わった今でも。

また桐野作品にやられてしまった、という感じ。楽しいところなんて1行も
ないのに、夢中で読んでしまう、エンターテイメントじゃないけど、読者を
誘い込まずにはいられない魅力が、やっぱり、ある。

こうして「やだやだ、と思いながらとても心ひかれて読んだ」という、嫌悪感と
興奮の紙一重な感じ、疲れるけど、時々は味わいたいのだから我ながら
困ったものだ。

ロマンティックな解釈をさせていただくと(かなり強引に)、これは、片思いの
小説だと思う。全員が片思い!といえば、かつて一世を風靡した「ハチクロ」なる
少女マンガもそうだったけど、「メタボラ」も、報われない愛情を抱えた人たちが
右往左往する話、という点のみ、共通している(笑)。

ギンジは、記憶を失う前には、ある人の愛をこいねがう切ない少年だった過去があり、
モテモテのジェイクに群がる女たちも、みんな片思いだ。でもそのジェイク自身も
泥沼の恋愛にのめりこんでいく。ドラマやマンガの本なんかでおなじみの人物相関図で
言うと、一方通行の矢印ばかり。そんな救いのない人たちの右往左往する小説、と
言っちゃうと身もフタもないけど。

もちろん、沖縄が抱える問題とか、政治的な読み方にもじゅうぶんたえられる硬質な
部分もふんだんにあります(私はそのへんは関心持てなかったけど)。

お勧め!とか、読んでよかった!と手放しで何かは言えないけど、読んで後悔、とか
読まなくてもいいよこんなの、と切り捨てることは絶対にできない、そんな作品です。

税込み1218円(2巻あわせての定価)→実感価格1300円
※定価より少し得した気分、くらいにしておきます。1冊750円でも買って
 後悔しなかったと思います。
by tohko_h | 2010-08-13 02:51 | reading