「予定日はジミー・ペイジ」角田光代

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「予定日はジミー・ペイジ」 角田光代
初めての妊娠。ドラマみたいに涙ぐんで
喜んだり、母性があふれて生まれる前から
わが子をいとおしんだり、とは、いかない。
「私、うれしくないかもしれない」。夫は
喜んでるだけだけど、私は、それだけでは
いられない…どこにでもいそうな女性・
マキの妊娠から物語は始まる。日記風に
つづられる、妊娠発覚から出産までの物語。


角田光代の代表作といえば、世間的には、直木賞を獲った「対岸の彼女」、
あるいはドラマ化された新聞小説「八日目の蝉」あたりを挙げる人が
多いだろう。しかし、この「予定日はジミー・ペイジ」は、隠れた名作だ。
いや、隠れてないけど、あんまり話題になってなかった気が、する。
有名どころのいろいろな作品と比べて。でも、私はこれが一番好きだ。
妊娠も出産も経験したことないのに、マキの目線でのめりこんで読んでいた。
そして、私と一緒で、妊娠も出産もしたことがない角田さんがこれを書いてしまう
ってすごいなーと思った。本物の作家だ。想像力で納得させる力がこの作品には
あふれていた。
この小説が雑誌に載ったとき、角田さんが出産した、と思って、各方面から
お祝いがたくさん届いたそうですから(笑)。


新しい家族を産むことになり、かつて自分が愛せなかったある家族のことを
思い出していろいろ思いをめぐらせる、なんて重たいテーマから、元彼に
ついちょっと会いに行っちゃう俗なところまで、矛盾なく収まってラストシーンに
向かっていく手堅さ。安心して読める。そしてマキと一緒に感情を揺り動かし、
あたふたしながら、最後のページをめくる…幸せな読書経験だった。

作中、お酒が飲めなくなっても何かをつまみにいく居酒屋、とか、突然
大量に作ったサンドイッチ、とか、そういう食べるシーンが多いので
それだけで、私の中ではポイントが高い(飲食小説、大好きなので)。
特に、ある時期「冷やし中華しか食べられない」と、毎日、具だけをかえて
作り続ける描写があるのだけど、それが、やたらおいしそう・・・

昨日は海老と青菜と薄切りの筍の冷やし中華。おとといは茄子と茗荷と
セロリと鶏肉。/今日もまた、冷やし中華しか食べたくない。具はなんにしよう。
豚挽肉とキムチとトマトはどうだろう。(中略)水餃子とわかめとトマトと白髪葱。


なすと茗荷とセロリと鶏肉…角田さん、私と味覚のこのみが似てるかも、と
ふと思った。

とにかく、妊娠出産にあんまり関心がない(この年で既婚でそれもどうかというのは
考えるといろいろややこしいのでここでは掘り下げませんが)私が読んでも、
とても面白かったので…ほんとうに小説としての読みがいがすごくある1冊。
子どもって素晴らしい、出産って尊い、みたいなスタンスじゃなくて、誰にでも
ありえる、でも凄く大変なこと、という自然な感じだから素直に読みやすかったのかも。

定価590円(新潮文庫版)→実感価格800円(角田さんの描いた絵も見られるし
なんか、ちょっとうるっと来たんですよねー。何度も繰り返し読むと思う。


出産経験のある人だとまた違う読み方になるのかな、ということに興味が。
妊娠していきなり母性爆発!みたいな漫画やドラマはたくさん見るけど、戸惑ったり
なんで、って思ったりするマキのまごつきかたが、私には一番リアルに思えたんだけど。
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by tohko_h | 2010-08-30 23:06 | reading