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「言い寄る」田辺聖子

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「言い寄る」田辺聖子
好きな服と似合う服が違っているのも
女にとっては哀しい事だが、もっと
哀しいのは、好きな男と似合いの男が違うこと
かもしれない。本作のヒロイン乃里子には、
心底惚れている五郎という男がいるが、
指1本触れ合うことができないもどかしい
関係にある。逆に、友達の友達、みたいに出会って
すぐに意気投合した剛とは体も会話も最初から
よく馴染んで心地よく過ごせてしまう。


更に、剛の別荘(彼は大金持ちのボンボンでプレイボーイだが、そのことは
あまり乃里子を傷つけない。五郎が他の女の子とくつろいでいる顔を見たとき、
なんかと比べれば)で知り合った年上の中年男とも仲良くなる。だけど
「五郎の形にあいている心の穴」は、剛でも中年男でも埋めることはできず、
だからといって潔くひとりで居るのはさびしいので、わかってて、他の男に
優しく楽しませてもらうことを自然と選んでしまう。

この強烈な片恋小説、正直、頭から4分の3までは「もう読むのやめちゃおうかな」
と思うくらい生理的に合わなかった。田辺聖子の文章って…割と悪文というか、
文法的に破綻してたりしててさくさく読めず、熟読したいわけじゃないのに
ミョーに時間をとられる感じがして、ひたすらイライラが続くのだ、私の場合。
あと、気が合って会えば楽しくなれる剛と乃里子のシーンは「楽しかった」連呼。
小説って、「悲しい」とか「楽しい」という言葉を使わずにそういう気持ちを
書くのが作家の腕の見せ所じゃないのかなーと個人的には大いに疑問が残る。

女性誌などで「今も読みつがれる名作」とうたわれてるけど、正直、
(ど、どこが?)という気持ちのまま、ずっと読んでいた。が、最後のほうで
五郎が、飄々とあっけらかんとしてるのは自分の前だからであって、普通に
好きな女の子には自分から言い寄ることができる男だったと分かるシーン。
突然、乃里子がかわいそうになった。恋愛下手な男だからじゃなくて、単に
自分と恋愛したくなかったから、相手にされてなかったから、今までずっと
つかず離れずで、自分が好きすぎて言い寄れなかったからこそ成立していた関係
だったと思い知らされるのだ。
自分だから好かれなかった、と分かるって、なんて残酷なんだろう。
そのことに打ちのめされた彼女が選んだラストシーンは、普通に考えれば
突拍子もない気がしたけれど、この小説につきあってきてると、もうそれで
いいよ、五郎はしょうがなかったよ、と乃里子に言ってあげたくなるのだった。
絶対実際は友達になりたくないタイプだけどね。

定価680円⇒実感価格480円 装丁は凄くカワイイ本ですが、
プレゼントとか向きじゃないと思う。でも、つまんない男への片思いで
何年も棒に振ってるなーとはたから見てて勿体無い女友達にこっそり
貸してあげるのはありかも。

なんとなくだけど、古きよきころからの読書好きの女性って、私の中だと
向田邦子と田辺聖子を愛読してるイメージがあるんだけど、田辺作品は
好きになれない私(大人になって読むと向田作品もちと疲れるけど)…
ちょっと他の本を嫌うときよりうしろめたさが大きいのはどうしたわけか。
それも腹立たしいのだけど。
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by tohko_h | 2010-12-19 22:58 | reading