3月11日(金曜日)その1 朝から16時半まで

校了(印刷物の最終チェックをして間違いを直し…遅い原稿を押し込む
最後のチャンスだったり、本作りのとても大変な段階)を控えている
編集部にとっては、金曜日というのは、脅威なわけです。その週の半ばくらい
から「今週中には何とか」という言葉が、作家さんや印刷所との間に飛び交い、
いろんな締め切りを抱えて「うおおー今日中になんとかするー」という感じで
まあ、夏休み最終日みたいな状況なのです。おそらく16時ごろに渋谷まで
デザイン打ち合わせででかけて、編集部戻って入稿作業は22時ごろかなー
みたいなざっくりしたスケジューリングが頭の中にありました。

そこで朝、打ち合わせ用にアップルパイを買い(差し入れとしてデザイナー
さんに渡すために)ついでに夜食用にいなりずしのパックも…そしてなぜか
3枚1000円で売られていたほっけの干物も買いました(会社の冷凍庫に
帰るまで入れさせてもらおうと思い)。

11日は私にとってはもともとそういう日で「今日は残業でたぶん帰宅は日付が
かわってからだな」と朝から覚悟をしつつ、ブルーな感じでした。それでも
やるべきことは山ほどあり、その山の上にさらになんか難題?みたいな感じで
バタバタ働いていました。メールを打ちながら電話をかけて、なんて、自分が
マンガみたいな仕事っぷりです。

それが、14時46分に別の理由で日付変更線越え帰宅になるとは…

会社ががたがた揺れ始めました。
普段から、地震が終わると誰かが会社のテレビをつけて、今の震度を
確認する、という流れがあって…でも、ゆれがいつまでもとまらない
どころか、どんどん酷くなり、スチールの棚がきしむ音がして、電灯が
消えました。ゆれはどんどんひどくなり、編集部全員、机の下にそれぞれ
退避。不謹慎な話(先週、机の下片付けておいてよかった…)と思いつつ
私もそうしていました。しかしスチール机なので、頭の上で引き出しが
カタカタうるさくて怖さをあおります。どれが自分の悲鳴で同僚の誰の
悲鳴か分からない状態。通常なら「結構ゆれてるね」「震度3くらい
かな」といいながら席でみんな仕事をしているような会社です。入社して
およそ15年。こんなの初めて…やっとゆれがおさまり、誰かがテレビを
つけると、字幕スーパーの「震度7」という文字、そして「東京震度5弱」
の文字が。…そして、どこかの海辺の映像…と思ったら、見たことない光景に
割と冗談とかよく言う人もそろってるし明るめの部署なのに、みんな沈黙。
そこに余震が…また机の下へ。更に怖い。2度目なのに怖い。
モテさんに携帯メールを送ろうとしても通じない。ドコモ使えない…ソフバンも
ダメみたい、みたいなやりとりをしている中、ウィルコムをご家族で持ってる
同士の同僚が真っ先に電話で無事を確認できていた模様。電気は消えたまま
だけど、とりあえずパソコンに向かってたら、妹から電話(会社の電話に)。
「携帯通じないから…実家にひとりでいる母親が電話に出ない」と妹、半泣き。
妹の会社ではすぐにビルから出るように、と指令が出たらしいので、私が
会社の電話(固定電話のほうが携帯よりつながりやすいようなので)から
実家にかけても、やっぱり連絡取れない。あせってるうちに、総務から
ビルを出るよううちの会社も退避命令。
あわてて携帯だけを手に表に出ました。打ち合わせで出ていた上司以外は
皆会社のビルの前にいて…「今日はもう解散。電車が動かなくなってるかも
しれないけど自力でなんとか各自帰宅するなり仕事の残りをするなり」
みたいな流れに決まったらしい。どうしよう、仕事…と思ってたところに
妹から携帯で電話。「母親、外に携帯もって逃げてた」と報告を聞きホッとした。
ほっとしたついでに「そういえば、今日の帝劇って昼公演あったっけ」と
堂本光一君の芝居のことまで思い出す。ちょっとだけ普通の感覚、戻ってきた。
※実際は、ちょうど2幕目が始まる前のあと5分で休憩おわり、という時に
地震に遭ったそうで、観客は皇居に全員退避、そのまま1幕のみでこの日は
おしまい、となった模様です。一部、帝劇で世を明かした観客もいるらしい。
ちなみにこの日は、記念すべき通算800回記念公演だったとあとで思い出した。

とりあえずいったん会社に戻り、本日打ち合わせ予定だった相手や取引先に
「今の地震で会社は解散。たぶん電車も停まるみたいなので、仕事にならない
ようです。急ぎの場合は自宅パソコンアドレス宛にメールください。というわけで
基本的に週明けに続きは!」と、今週片付けるべきすべての仕事をメールだけで
中断…モテさんからpcのほうに「大丈夫」ととても簡潔なメールが来てた。
よかった。しかし、取引相手へのオフィシャルなメールみたいに、社名や住所
電話番号などが入ってるいわゆる「署名」が律儀についていたのは、ちょっと
笑っちゃった。なんか落ち着いてそうだなーこの人、みたいな。で、安心して
帰宅準備に入りました。遠方とかで帰れない会社滞在組と半々くらいになる模様。

とりあえずバッグに財布と携帯と読みかけの本を突っ込んで、エレベーターが
停まってたので階段をおりきってビルの表に出たところで、気づいた。
「冷蔵庫に差し入れのアップルパイといなりずしと干物が…」
アップルパイといなりずしだけだったら置いて帰っても今思えばよかったん
だけど(徹夜組にあげればよかったんだよね)気が回らず、あわてて戻り
冷蔵庫から取り出したそれをバッグに詰め込み、まずは地下鉄神保町駅へ。

あるお店の屋根瓦が道に散乱してるとか、どこかのビルはガラスがすこし割れた
らしいとか道行くひとたちの会話により、それなりにダメージが街にあった
ことを知りつつ、駅に行くと…「地下鉄すべて停まってたよ!」と先に会社を
出ていた同僚がいて、教えてもらった。

神保町と言う駅は、地下鉄のみっつの路線が乗り入れている。
都営三田線 都営新宿線 半蔵門線
地下鉄って、雨風の影響があんまりないから、普段はJRが調子悪くなっても
関係なくガンガン元気に走る頼りになる存在。
それが全部、停まってしまった…しかも私自身の最寄り駅も、地下鉄直通の
私鉄乗り入れ系のところで、地下鉄がないとどこにもいけないのである。
普段は、会社からも自宅からも都心にすいすい行ける私の生活における
最重要交通機関が全滅…

ヤバい。

あわてて交差点でタクシーを拾うことにチャレンジすることにする。

お財布に多めに現金が入ってたので(急ぎ仕事になった場合のバイク便代とか
いろいろ物要りになるかな、と予測して一応普段より多かった)拾えれば
乗ってしまおう! 飲み会1回分くらいで多分帰れるはずだわ。と思った。
※これは間違いで、この夜タクシーに乗った方は乗った方で、通常1時間弱の
道が8時間かかった、みたいな話を後でいくつか聞きました。結局電車が停まり
車やバスの需要が普段の百倍?って感じですごかったのね。

神保町、出版関係の人が多いのが関係あるかどうかは知らないけど…単に
割と都心ってことだからかもしれないけど、普段は昼も夜もタクシーはそれなりに
流れてくる。同じ場所にいつも停まっていてお客を待ってるタクシーも時々
みかける。しかし、そんなのいないし、走ってるタクシーは皆、お客さんが
既に乗ってるか(夜だと提灯がついてれば空車、とか直ぐ分かるけど昼は
運転手さんが前に出している「賃走」とか「空車」とか見ないと分かりにくい)
あるいは「回送」と書いてある。無線で呼ばれたところに走ってくところ
だったのかな、たぶん。

というわけで、タクシーが神保町で拾えない、という新たな非常事態に
直面した私は、水道橋に向かって歩くことにした。あそこなら、タクシーが
拾いやすいあの場所がある! 思い出した私って頭いいかも!とちょっと
自信が出てきた。そこで、通勤バッグとデパートの袋を手に、神保町を背に
水道橋まで歩き始めてみることにした。まっすぐ歩けばドームが見えてきて
15分も歩けば着く。普段から「会社から東京ドームが近いので、仕事おわりに
行こうと思えばすぐに試合観に行けるし」というお気に入りの徒歩ルート。

そして私は、水道橋のある場所を目指して歩き出しました。
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by tohko_h | 2011-03-16 01:42 | drops of my days