3月11日(金曜日)その2 17時から19時まで

神保町から水道橋に向かってタクシーを求めて歩いていた私。

コンビニも吉野家もマックも開いてて、普通の地震明けで、一見
普通の夕方の街に見えるんだけど、通行人が全員動揺している雰囲気。

なんとなく途中のコンビニに入る。既に売り切れていた携帯充電器。
がっかりしつつ買ったのは、軍手。
なぜかというと、会社で大地震に遭ったときから、自宅にある
ワインとかグラス類がいっぱい割れてるだろうなーという予感で
いっぱいだったから。特にカウンターの上につってあるワイングラス。
(イメージ画像)
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で、たどり着いた目的地は東京ドームホテル。
そう「ホテルの車寄せに行けばタクシーがいっぱい停まってるから
すぐに乗れるはずだ」と見当をつけたのです。が、同じことを考えた人は
何十人もいて…行列ずらり。でもタクシーゼロ台、という状態。
ホテルマンさんに「タクシー、1台も来てないです。この列の先頭の方は
地震直後からずっと待っておられます」と教えてもらう…ここから乗車して
自宅に直行は、無理みたい。とりあえずくたびれたのでホテルのロビーへ
あてもなく。やはり同じようにあてもなさそうな人たちがそのへんにたくさん
座っていました。電池切れにビビリながら、携帯のニュースをジロジロと
見つめ続ける。すると、隣の席のちょっと年上っぽいスーツの男性に話かけ
られる。通常時の私は「道を聞かれたり出先で知らない人になんとなく
話しかけられる」ということがとても苦痛なのですが、会社を出てから
何がこれからあるんだろう、と緊張してて誰ともしゃべってなくてぱんぱんに
張り詰めていたので、とてもありがたかった。もと同業者だったし(笑)。
お互い、自宅はどこで、電車が停まったらどうするか、知り合い近くに
いないのか、などなど話をしつつ。メールも通話もできない携帯を手に。

すると目の前に華やかな一団が。
ホテルだから当たり前なんだけど、結婚披露宴が行われていたらしく
タキシードとドレスの花嫁花婿と、黒スーツと黒留袖が中心の参列していた
らしき人たちが…てきぱきとホテル従業員の方に案内されてロビーを横切り
控え室らしきところに入っていきました。思わず隣の席の男性と
「…なんか、別の意味でも一生忘れられない日になっちゃったんですね」
「…でも、今日から夫婦なんだし、一緒に頑張って欲しいですよね」などと
言い合いました。そんなふうにしてるともう外は暗くなってきつつあり。
ずっとロビーに居座っててもホテルにも迷惑だろうし、とりあえず当ても無く
ラクーアを経由して丸の内線の駅へ。丸の内が復活してれば池袋は直ぐだ。
都営三田線で板橋方面でもなんとかなる。しかしどちらもとまってたし、
ラクーアのお店は全部閉まっていた。気休めにコーヒーくらい飲みたかった、
とわびしく思いつつ(いつも、このへんって、ドームや遊園地やショップの
あかりやイルミネーションで、このへんにしては華やかなんですよ夜も)
会社に歩いて戻ろうか(携帯で「政府は、都心の人は無理に帰らないように
と言ってるらしい」とニュースを得ていたので)とも思ったけど、へとへと。

そんな私の目の前に、行列が。どうやらバスを待っているらしい。しかしこれ
バスを待つ行列とは思えない。からっぽのバスが3台来ても全員乗れないで
あろうほどの長い長い行列が、文京シビックセンターの前に伸びている。
しかしふと、バス亭の表示を見ると「大塚駅前行き」と「池袋駅前行き」と
書いてある…池袋までたどり着ければ、私は今日中に家に帰れる!
私の家は、池袋からは5キロ前後。以前、酔っ払って終電逃したときに
「食べ過ぎたし歩こう!}と調子に乗って歩いたことが2度ほど実際にある。
たいしてつらくは無かった。散歩としては適当な距離って言っていいかも。
仮に大塚駅前行市過去なかったら、そっちでもいいや、とまた思う。
学生時代、これまた酔ったときに、高田馬場から池袋まで山手線の駅で
ふたつぶん(目白を経由して)歩いたことがあるので、大塚から池袋も
歩ける自信があったのだ。

終バスはたぶん20時台から21時台。1時間くらい待たされても乗れて
しまえば池袋に着く。そこからなら最悪歩けるし、タクシー拾ったって
かなりリーズナブルだ。というわけで、長く並ぶ覚悟で、並んだ。
私の前に並んでいた熟年の男性に「いつもこのバスに乗ってるの?」と
聞かれた。普段だったら、個人的なこと聞かないでよ、とイラっとする
ところなんですが「いえ、バス停、たまたま歩いてたらあったから。
池袋まで着けばなんとか歩けるところにうちがあるんで」と、個人情報
フルオープンでしゃべる。しゃべらないと精神的に凍えそうというか、
恐怖と興奮と不安な中、知らない人とでも話しながら待ってるほうが楽。
しかもこの男性、宮城で30年ほど前にあった大震災の経験者で、色々
当時の街がどれだけ壊れて大変だったかを話してくれる。だから、足が
なくなるくらいであせっちゃダメだよね、と説教っぽくなく、さらっと言う。
私が携帯で「あーまだ電車どれも再開してません」と情報を検索して
お伝えすると「私も家族がメールやれやれうるさくって…たしかにこんな
ときは携帯メールだのインターネットって便利だね、ちょっと勉強するよ」
なんて言ってる。押し出し強そうなのに謙虚で優しい感じの方でよかった。

しかし、待ってても、バスは、30分に1本しか来ない。しかも、乗車率
200%越え。東京のバスは前から乗ってお金を先払いして、降りるときは
うしろのドアから、というのがルールなのですが、ぎっしりすぎて
前だけドアがあいても誰も乗れない…前のほうの人はそのまま前トビラから
おりて、みたいな感じ。そしておりた人数しか乗れないの。
私のうしろにいた中高年世代の女性ふたり組も元気いっぱいで「バス、
こないから歩いちゃうわね、じゃあ、あなたも頑張って」と去っていった。

それからまたしばらく待ってると、割と空っぽいバスが2台くらい来て
一気に私の前の列が短くなった。次は乗れる?期待の気持ちが膨らむ。

並んでる中には、道路を走ってる普通のワゴン(といっても道路がすごく
渋滞なので停まってる)に向かって手を振り、ヒッチハイクを成功させた
女の子グループなんかもいた。海外旅行なれとかしてるとこういうことも
できるのかな。と、その軽やかさに見ほれる。

更に、行列の横を通って「バスなんか来るわけないじゃん」「こいつら
馬鹿だね」「一晩帰れねえよ」と、本当に汚らしい言葉遣いで罵倒だけを
残して通り過ぎるリクルートスーツの女子大生3人組! バスは待ってれば
来るけど内定はそうもいかないでしょ、そんな汚い言葉言ってると面接でも
出ちゃうわよ、と、おばちゃんっぽく嫌味のひとつも言いたい気分。
寒くて足が痛くてイライラしてるのが自分でも分かる。自分が悪意のかたまりに
なっている自覚がすごくあって、だからといって立て直せない。

そこにバスが来た。第一希望の池袋行き。ただし今まで来たどのバスよりも
込んでいる。私の目の前で後ろのトビラ(通常時は降車用)がひらいた。
ぎっしり。

変な話、私は、最寄り駅がマイナーなのとフレックスタイムで働いてることも
あり、サラリーマン15年やってる割に満員電車の経験値がとても低い。だから
これは乗れるのかどうかわからなくて、一瞬だけ、足がすくんだ。そして
中から同時にふたつの声がした。ひとつは「ざます」って語尾が似合いそうな
冷ややかな感じの熟年女性の声で「もう無理よ、運転手さんしめちゃって!」。
でも同時に、若い男性の元気のよい声で「ちょっと無理すれば入るって!」。
運転手さんも「なんとか乗れる?」と声をかけてくれて…乗りました。

どれだけすし詰めでも、これに終点まで乗れば池袋だ。帰れる。
無理に乗ってきやがって、と誰かに言われても、降りるわけには行かない。
水道橋から池袋…30、40分かな、道路すごい混んでるし。と思ったら、
運転手さんが「池袋までは、ここからは3時間半くらいですね」とアナウンス。

うそ。普段だったら地下鉄で10分だよ?? バスでちょっと迂回するにしても
何時間もかかるって、どれだけの渋滞なの?

私の脳裏に、子供時代、ゴールデンウィークに箱根に遊びに行こうとして
家族で車ででかけて、渋滞で小田原で引き返したときの記憶がふと浮かんだ。
あれもすごかった。国会で時々やってる「牛歩戦術」を車がやってるみたいな
感じ。車がカタツムリのスピードじゃないと進まないあの状態。

しかし、リゾート地や遊園地に向かうわけじゃない。家に帰るしかないのだ。
満員のバス。なんかトイレに行きたい気もするけど3時間間大丈夫かな、とか
思いながら、不安のかたまりとなってバスに揺られることになった。
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by tohko_h | 2011-03-17 00:00 | drops of my days