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ヒキタクニオ「青鳥(チンニャオ)」

「青鳥」 ヒキタクニオ

ヒキタクニオさんの描く、女の子が好きだ。
「ベリィ・タルト」のヒロインのリンは、グラビアアイドルとして。
「角」のヒロイン、麻起子は出版社の校閲係(私の苦手な校正のプロです)として。
プロとして仕事をしっかりしてるし、組織とか業界の事情で色々大変なことが
あっても、精神的な部分は健やかでまっすぐなのだ。忙しくても、辛くても、
どこか飄々とした部分があったり、だけど真摯でかわいいヒロインたち。
というわけで、ヒキタさんの「働きウーマンもの」として、これも欠かせない「青鳥」。
発売当時読みましたが、今回の文庫化で再読。いやー、これはいいですね。
フジテレビの「サプリ」の原作漫画(おかざき真理さん)や、安野モヨコさんの
「働きマン」の中に出てきても違和感がなさそうな、そんな凛々しい女子が主人公。

東京の外資系広告代理店で勤める台湾娘の小葳(シャオウェイ)、30歳。
組織で働く理不尽さ、気まぐれなクライアント、それぞれ自己主張の激しい
フランス、インド、などなどの各国出身の同僚たちにイライラすることも多い。
お昼休みに中国茶を淹れたり台湾料理のお弁当を用意したり(骨付きのお肉を
煮込んでご飯にのせて、とかすごくおいしそう)して気分転換を図ろうとするけど、
イライラして、ヒールで文字通り地団太を踏まないとやってられない日もある。
だけど、子供のころ、台湾で男の子たちが遊んでいた輪の中に入れなかった自分に
爺爺が言っていた言葉を思い出す。「男の子たちは真剣に遊んでいたからね。
女の子を入れると、泣いて台無しにしてしまうから」…だから、わたしは泣かない。
個性的な上司の藤原統括部長や田主丸(という苗字なんです、この人)も
魅力的だ。アイビールックからヒッピー風まで、毎日全身コスプレをして
出勤してる藤原なんて、一連のクドカンドラマに出てきそうなバカ可愛さ。
元スタイリストの嫁さんにかつらのスタイリングまでしてもらっているそうだ(笑)。
かたや田主丸のところは娘がひとりいるけれど、医師の妻と別居中で冷戦気味。

そんな多国籍軍みたいなチームが、ある証券会社の電子債券市場のPRのための
CD-ROM製作チームとして集められ、次々と巻き起こるトラブル、緊張のプレゼン
(担当者の国籍まで事前に調べて臨むあたりが外資っぽい)などのシーンが続く。
合間合間に入ってくる食事シーンも見もの。アメリカ人のクソ生意気な男の子が
台湾料理屋で豚足や蜆に苦戦しつつ、紹興酒とともに食してそのうまさに目覚める
シーンとか、読んでいるだけで、台湾料理をすぐに食べたくなる。田主丸が
別居中の娘に食べさせるアメリカ風の大きなハンバーガーもおいしそうだし、
小葳が淹れるお茶と、ゴマ煎餅とかイチゴのシロップ漬けなどの小さなお茶うけも
すごくおいしそうで、この会社の会議に出たくなってしまう(笑)。

そして、小葳はチームの中のある男に恋をしてしまう…この、恋に落ちるシーンが
そのままドラマになりそう。残業してるオフィスで、モニターを隣から覗き込んでくる
その人の影が大きく見えて、好きになってた。ロマンティックだけど、リアル。
ドラマや漫画だと、奮闘と紆余曲折の末に仕事で成功、好きな人と喜びを分かち合い、
大団円になる展開ですが、ヒキタさんの小説はそこまで綺麗に甘くない。
かといって意地悪にビターでもなくて、読み終わると元気になれる成分は
十分に含有していて、立派な“サプリ”になっている。

仕事関係で知り合った誰かを好きになった女子は、臆病になる。だけど
プライドをかけて頑張る。小葳もそうだった。
「(わたしが好きになった人は)仕事と恋愛をまぜこぜにしてしまう女は
疎ましいと思っていたのではないだろうか。好きだからがんばって徹夜した、と
思われたのなら恥ずかしい。」数年前に社内恋愛というものをしていた私が
小葳のようにここまで言い切れていたかどうかは、自信がない(苦笑)。

日本でのできごとを小葳が報告したラスト近くで、爺爺が言うせりふが印象的。
「会社で働くってことは、何かを晒さないといけないからね。
そんな豪胆に晒せるものじゃないよ人間は。会社というのは、
自分のやりたいことなど出来ないところだ。しかし、自分を晒してでも、
やりたいことに近づこうとしている姿は人間を引っ張る」
つい、理想の仕事、やりたいことをできないと「もうやだ!」となって
しまうこともある仕事の日々ですが「やりたいことに近づこうとしている」
という姿勢だけで違うのかもしれない、と、ちょっと意識してみようかな、と
思いました。そして、時には「晒す」ことも必要なのかもしれません。
「ゴーで行こうぜ、ゴーで」と周囲を煽りながら、カツラや衣装で武装しながら、
誰よりも自分を晒して真っ向勝負していた、藤原統括部長のように。

文庫版には、三浦しをんさんのステキな解説もついているので、ますますお薦め。
by tohko_h | 2006-07-25 23:47 | reading