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映画「ヴィヨンの妻」

15世紀フランスの詩人・フランソワ・ヴィヨンは、パリ大学の
学生時代から悪い仲間と放埓の限りをつくし、殺人、窃盗などの
罪を犯して放浪して、一度は傷害事件から死刑を宣告された
ことさえある、とんでもない男なのだが、その詩の美しさから、
フランス文学史上最高の抒情詩人とたたえられてもいるそうだ。
そんなヴィヨンについての論文を発表し、売れっ子作家でありながら、
全てを酒や女に費やし、妻子の年越しの金さえ用意しない…
そんな困った作家・大谷がこの映画の主人公だ。

それは、太宰治の分身と言ってもよいだろう。

この映画「ヴィヨンの妻」は、太宰治の短編のモチーフをいくつか組み合わせ、
破滅型の作家・大谷とその妻の物語として組み直した…
つまり、着古したセーターをほどいて新たに別のマフラーを編んだ、
みたいな作りの映画である。

しかし、着古したセーターにたとえてみたが、太宰である。
彼の作品の魅力って、どっちかというと、文体にあって、勿論
才能にあふれた作家なんだけど、コピーライター的な、キャッチーに
人の心をとらえる言葉を選べるセンスが優れてる気がする。
なので、映像にしてそんなに素敵にしあがるのかしら?と、実は
見る前からかなり、疑問だった。とかいいつつ、今年から来年にかけて
太宰の映像化、ガンガン進むみたいだけど(なんか、太宰治を
「太宰」って呼ぶの、尾崎豊を「尾崎」と呼び続けるみたいな
こっぱずかしさがあるなあ、とここまで書いて思った(笑))。

だって「走れメロス」だって、あの躍動感ある文章があるからこそ、
正直な男のまっすぐさ、人間らしい熱さが伝わるわけで、実際にあれを
映画で見たら(アニメにはなったよね、見ました。小田和正が主題歌で)、
うーんって感じ。最後、ゴールした時メロス全裸だし(笑)。それを
月桂樹を捧げ持つ少女が見て真っ赤になっちゃって、というコントみたいな
終わり方には、いろいろな意味で凄い、と思ったものです(だって、もっと
感動的に謳いあげることも多分できたはずなのに全裸君ですよ、オチが)

そして、私が「う、カッコいい」といつ読んでもグッとくる、
「斜陽」の一文「恋、と書いたら、あと、書けなくなった」みたいなのがあるから…
太宰治作品は読むもので、映像で見て面白いとか素敵って思う類のものでは
ないと思ってたんですよ。

でも、毎日CMで、松たか子さんの澄んだ声で「夫に心中された女房は、
どうしたらいいの?」という凄いセリフを聞いてるうちに、なんか、見てみたく
なったのです。しかも、松さんという素敵な女房がいながらにして、大谷
(浅野忠信)ってば、広末演じる秋子と心中を企てるわけですから。
女優陣だけで見ごたえあるだろうなー、ふたりとも和服似合うだろうし、
ビジュアル的に十分楽しめるんじゃないかしら。なんて思ったりもして。
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というわけで、すごーくすごーく前ふりが長くなってきたけど、
見てきました。レディースデーなだけあって、女性が9割。
女性同士あるいは女性ひとりが多かった模様。

物語は単純。
浅野忠信演じる大谷が、行きつけの飲み屋のおかみ(室井滋)から
売上金を盗んで帰ってきてしまう。そして、大谷を追って来た
飲み屋夫妻に、警察に突き出されそうになる。それを避けるために
妻(松たか子)は、その飲み屋に乗り込み「私を雇ってください!」と
直談判、強引に働き始めてしまう。しかし、若くて愛嬌があり、
美しい彼女が働き出すと、店の酔っぱらいたちは大喜び。
いわゆるガード下の安い酒を出す店なので、金持ちはいなくて
皆、毎日同じ服で来て安い煮込みで飲んでる中に、質素な着物姿ながら
ぴかぴかとした彼女が現れて、さぞ皆嬉しかったんだろう、というのが
画面から伝わってくる。チップまでもらい、皆が楽しげに帰って行くのを
見て、彼女は「私って、お金になるんですね!」と嬉しそうに笑う。
ここの松さんの嬉しそうな言い方がうまい!
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そんな明るい彼女は店の人気者となり、若い工員(妻夫木聡…実は
彼は、脇の芝居もできる若手の中では本当にできた役者さんだと思う)に
言い寄られたり、元彼の弁護士(堤真一。古い型のスーツが似合う)に
再会したり、大谷が「おまえあかぬけたんじゃないのか?」とひがむほど
かがやきだす。それに耐えきれなくなった大谷は、妻のキラキラから
逃れるように、猫のようにふてぶてしく、しつこく、でも必死な秋子(広末涼子)と
死のうとして…
妻夫木君が割と脇の若者を演じていたのにも驚いたが、松たか子をふふん、と
バカにする、大谷に狂おしいほど想いを寄せる秋子を広末がやってたのも
ビックリ。良い意味で、普段のかわいらしい感じがないんです。ほんと
松たか子に感情移入して見てると、途中までのふてぶてしさが、憎たらしい。
店で酒を頼むのに、わざわざ「あたしは冷やだよ、おぼえときな」と高飛車に
松たか子にからむみたいに言うムカつく口調、松たか子とある場所で
スレ違うときのどす黒い振り向きざまの顔など、ブラック広末、いいです。
※このあと振り返る広末の顔の邪悪さはびっくり
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というわけで、昭和の茶色っぽい映像と、松たか子の強くたくましく可愛い妻、
そして広末の怖い愛人、飲み屋のおかみ(この人にも手をつけてたらしい
大谷…)室井滋、と、女優さんたちの演技が皆すばらしく。妻夫木くんと
堤さんも昭和の人に見えた。

が、問題は、皆を振り回すセンターにいる、浅野さんである。背が高く
髪型も太宰っぽくして、熱演してるのであるが、ダメ男のかわいらしさ
作家としてしか生きられない悲しさなどが、どうも伝わってこなくて、
「だ、ダメ男すぎる…」と、いくら情景がしっとりしんみりしてても、
入り込めなかったんですよね、最後まで。

まあ、このへんは、ダメ男の物語(って昔から一定数ありますよね。
映画でも小説でもマンガでも)を好む人と好まない人によっても
違う気がします。私は、ダメ人間文学とかダメ人間映画って、うーん
「ダメだけどかわいいでしょ」ありきで作られてるのでもともと好きなほうじゃ
ないので・・・8割はドン引きで見てました。

でも、夫婦って、はたから見ると「なんで一緒にいるの?」という謎を
含んでる場合も多いので、きっと、大谷夫妻のありようとしては、これが
つかれるけどナチュラルな状態なんだろうなーと思ったりもしました。

というわけで、すっきりしない、古い意味での邦画っぽい後味というか。
帰り道、なんかどんよりしてます。最後に再び向かい合うことにした
大谷と妻を、ハッピーエンドとして見て、爽やかにエンドロールを見る人も
たくさんいるんだろうなーと思いつつ、私はどんより派でした(笑)。

でもなんとなく、次にテレビとかでやったら見る気がします。

ついでに、クレジットのフードコーディネイターに、「かもめ食道」「めがね」
「南極料理人」など最近売れっ子の飯島奈美さんの名前発見。
そういえばにこみが美味しそうだった(笑)。
by tohko_h | 2009-10-16 15:52 | watching