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阿川佐和子「スープ・オペラ」

小説でスープっていうと、私はやっぱり太宰治の「斜陽」の書き出しを
思いだしてしまう。

朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母様が、「あ」と
幽かな叫び声をおあげになった。


スープ、じゃなくて「スウプ」ってのが、なんだか高級そうで、でも
お母様の様子はいきなり不穏で、太宰治の描写力がすごすぎて怖い。
でも、このスープは、あんまり美味しくなさそうだな…。

というわけで、とびっきりおいしいスープの出てくる小説の話をしましょう。
敷居の低いキュートな才女・阿川佐和子さんの「スープ・オペラ」です。

「ソープオペラ」(いわゆる昼ドラのこと。提供が石鹸会社だったこと
からこう呼ばれたんだとか。おお、日本にも「花王愛の劇場」って
そういえばありましたね、確かTBS)をもじった可愛いタイトルと、
「今、かったるくって、頭使う本読みたくないんだーなんかゆるそうで
ほのぼのとしたの、ください」という気分で何となくチョイス。これが
大成功。血気盛んなときや元気いっぱいのときに読んだら
「最初から最後まで、これって事件は起こらず、終わり方も曖昧で、
なんだか空気感だけですよーって感じが物足りない」とでも書いたかも
しれない。しかし、くたびれた私にこの「スープ」、しっくりきた。
いいタイミングで読めたぞ、しめしめって感じ。


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「スープ・オペラ」阿川佐和子
ヒロインのルイは35歳。
母が死に父とは離れて、ずっと、おばとふたり、
古い1軒家で暮らしてきた。ところが、おばが
恋に落ちて、相手の男についていくために
家を出て行ってしまう。はじめてのひとり暮らし。
そこにやってきた謎のアロハの似合うチョイ悪風の
熟年男子・トニーさん(十二夫)と、同年代の
編集者の男の子・康介が転がりこんできて、
他人同士ひとつ屋根の下で暮らすことに。


疑似家族モノ好き、食べ物描写の多い小説好き、という人には、かなり「おいしい」1冊。
35歳のどこにでもいるような女性が、恋愛だけ、でもなく、仕事だけ、でもなく、
なんでもない毎日を生きているだけの話なんだけど、引きこまれるし、とても面白い。
トニーさん、康介、要領のいい学生時代の友達、嫌味で俗っぽい有名作家、
ハムカツの美味しいお肉屋さん、占いの好きな先生などなど、ルイをめぐる人々が
みんな存在感があるのも、いい(ただの背景とか書き割じゃなくて、いきいきした人、
として描かれてるのでこっちもじっくり読んで彼らを好きになっちゃうのだ)。

そして、感情の流れの描写が絶妙。暴言をぶつけられたわけじゃないのに
たった一言で気持ちが萎んだり、何かが怖くなったり、と、思いもがけない感情の
スイッチがささやかなきっかけで入る瞬間、それでもドラマみたいな派手な喧嘩が
出来ずに、ちょっと普段よりごはんの時間が気まずくなって…みたいなとこ、
劇的じゃないのがホンモノっぽい。

さて、最後に、この小説のなかで一番おいしそうだったスープの描写を紹介しましょう。
クリスマスに張り切って買った丸鶏がかぶっちゃって(他にも鶏を用意してくれた人が
いたから)、それじゃあ、と、それでスープを作るんだけど…

鶏丸ごと一羽でスープを取るって、こんな贅沢なこと考えてもいなかったけど、
それが猛烈においしいのよ(中略)。スープを取る時に入れる玉ねぎやニンジンや
長ネギなんかのくず野菜を前もって油で炒めてから入れたの。焼き色をつけて
スープに入れると、もうね、味の深い黄金色の上等なスープができるんだから。
しかも鶏の肉はホクホクに軟らかくなって、骨まで食べられそうだったんですよ。
スープに入れる野菜は、カブとか大根とか青梗菜とかニンジンとか、
別に茹でておいて、そこに黄金色のスープをかけて、味付けは塩、胡椒、マスタード
なんかを、みんな好きなようにつけて勝手に食べることにしたの。
楽しかったし、おいしかったよお。

(スープ・オペラより)

読んでいるだけでお腹がすいてきました。
とりあえず、丸鶏は無理にしても、主役になるスープ、作ってみたいような…
飲んでみたいような…

定価700円(税込)→実感価格840円(満足度、120%)
by tohko_h | 2011-01-20 18:27 | reading