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「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」貫井徳郎

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「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」 貫井徳郎
この本を、もし作家名を伏せられて読んでいたら、恐らく
「女性作家の誰かだろうなぁ。すごくうまい人だよな、誰かな」
と思ったであろう。ママ友問題、夫婦の倦怠、ご近所トラブルなど、
世の旦那様が、嫁に愚痴られても「そんなの大したことないだろ?」と
スルーしちゃいそうな些細なモヤモヤを見事に暗く救いのない短編小説に
仕上げている。そんなストーリーが集まった1冊…なのに読後感がそう悪くない、というか
むしろカラッとした感じになってるって、かなりうまい作家じゃないと無理ですそんなの。
暗い話であと味が悪目なのに読んだあとスッキリって、桐野夏生以外にもいるのね!


無責任な夫と息子に耐えかねて罪をおかしてしまった主婦が主人公の「崩れる」という
ストーリー。この主婦のストレスの積み上がっていく様子がひたひたとリアルで、
まったく同じ体験をしたわけじゃないのに、ものすごく共感してしまった。

以下、自分の話なんだけど。
某日。その週の平均残業時間ときたら、7時間/日(勤務時間じゃなくて残業よ)。
仕事でどうしても明日の朝イチに先方に送らなければいけないものがあって。
そのものが届いたのが18時45分。急いで夜間窓口のある郵便局に駆け込もうと
したところで雨が降り出したので泣く泣くタクシーに乗ったら「道路の反対側だから
ここで降りて」と郵便局100メートル手前で下ろされてずぶぬれ(でも書類は死守)。
で、窓口に行ったら19時1分。「19時すぎると明日つく保証はできないんです」
(おかげさまで何とか都内から関西まで朝イチで届けていただいたけど)と、ちょっと
冷たい口調で云われて、どんより。それでも不安なまま荷物を郵便局に託して外に
出ると、まだ雨が降っている。で、コンビニで傘を買って歩いて帰ることにしたが、
コンビニで会計を済ませて外に出ると雨はやんでいた…さすがにつらくて、ひと通りが
少ない道を選んでちょっと泣きながら会社戻りましたね、あの夜は。

そういう、悪い方、悪いほうへのスパイラルで、善悪の区別がつかないぼんやりとした
悪意の渦の中に押し上げられて…犯行に至った「崩れる」。この次の日に読んで
「わー、わかるよわかる」と思うと同時に「夜道で軽くべそかくくらいで私は済んで
本当によかった」とも思ったのでした。この「気持ちは分かるけど行動はそこまでは
現実ではなかなかね」というさじ加減が読み心地のよさの秘密でしょうか。

他にもストーカー、DV問題など、現代のワイドショー的な話題が山もりの1冊
なのですが、実は書かれたのは1997年。当時の小説でこのへんのテーマって
結構新しめだったんじゃないかなぁ。それゆえに、2011年の今読んでも
古さがまったくないというか凄いリアルタイム感。作家の時代を読む眼力も
おみごととしか言いようがありません。

ちなみにこれは角川文庫版がお勧め。
著者本人の解説と、初文庫化した集英社版のときの桐野夏生の解説と、更に
書評家の藤田香織の解説、と、おまけが充実してるので。
by tohko_h | 2011-12-12 23:01 | reading