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「辞めない理由」 碧野圭

「辞めない理由」  蒼野圭(パルコ出版)
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おかざき真理さんの素敵なイラストにつられ、書店でジャケ買いしました。著者は、プロフィールによると、フリー→出版社→作家、という進路を歩んだ出版業界ひとすじの女性。というわけで、この小説の舞台も、出版社(大手)です。
ヒロインの七瀬和美は小学1年生の子供がいる働く母親で、30代後半。夫も同じ社内の営業部にいるし、娘は、少しおとなしくて口数が少ないけれど、しっかりした良い子だ。和美自身は女性誌の副編集長。次は編集長間違いなし、のキャリアを積んできたし、仕事に妥協はしたことは1度もなかった。
子持ちだからって甘えたこともない。部下のやる気がなかったら、ダメ出しだって恐れない。
嫌われてもよい雑誌を作りたいのだ。本のためならどんな労力もいとわないでやってきた。
だけど、ある日訪れた、ショッキングな新人事での屈辱的な扱い。
愚痴る和美に「社内のゴタゴタを話すな。お前もそうやってうるさいから、煙たがられたんじゃないか?」と
社内事情を知った上で冷ややかな夫。そして、たまにおねしょをしたり、クラスで浮いているらしい娘…
家の外にはたくさんの敵、家の中にも頼れる人はいない…戦うだけの人生が続くの?

さて、酒井順子さん的な価値観で言うと、20代のうちに結婚と出産もして、高給取り(この大手出版社、
かなりお給料いいみたい)の夫に恵まれた和美は思い切り「勝ち犬組」、間違いなしです。しかも自分も
キャリアを積んでいるわけだし、言うことなし、のはず。だけど、彼女は、シアワセそうに見えるどころか、
悲壮感が漂って、前半、ひたすらぎすぎすしてます。同じことを言うのにもそう言ったら聞きたくないよ、
という叱り方をわざとしてるみたいに部下になりきって読むと聞こえます(笑)。そして気付くと、この人と
仕事したくない、と思い、和美が敵視してる、お気楽日和見能天気系ののんきな男性上司のほうがナンボかましだな、
なんて悪態ついてました。ジャンルが違うけど、ヒロインと同業なのでつい…(笑)。
でも、イヤな女だなーと思いつつ「私が一番がんばってるのに…」って思って、自分がこの場で一番
かわいそうって思う心境は時には他人事とは思えなくて、だからこそ読んでてイヤな感じが
身につまされるとこもないことなくて…これってもしかして、近親憎悪? 
後半は、うってかわって、立ち上がった和美の痛快なリベンジ劇になっていきます。
異動先で新しく立ち上げた本が、偶然が重なり軌道に乗っていき、無能に見えていた周囲も実はみんな
個性的で良い人に見えてきて…
和美も夫や子供をかえりみる余裕と新しい仕事への活力で元気になります。
作者が意図した爽快感はあったけど、会社を舞台にして、ここまであっけらかんと大団円って
いうのはどうなんだろう。
現実と折り合いをつけるような、もっと大人のハッピーエンドに、作者のキャリアなら
できたようにも思うのですが…明るくて後味のいい小説は大好きですが、陰影があって
大人ならではの前向きさ、みたいな感じもよかったかも。
前半にヒロインをおいつめたヤツがラストは惨めにっていう勧善懲悪路線も…社内だからこそ
あるのかもしれないけど、それゆえになんか読んでて「…それって、この会社の人事の
センスがダメだったんですって話になっちゃわないか?」と少し思ったのでした。

夫が、新創刊に浮かれるヒロインに営業的な視点でシビアにアドバイスする場面のあたりは、
同業で仕事のことをわかってくれる夫が良いとは限らない、という雰囲気がよく出ていて
「とーこちゃんところは夫婦で仕事一緒だから判りあえていいでしょ」と、いいことづくめみたいに言う人に
ちょっとそこだけでも読んでみてもらいたい、と思っちゃいました(腹黒)。…この「同業者カップルに
安らかなシアワセはあるのか?」っていう方を掘り下げた小説が出ても面白いかも(と思うのは私だけ(笑)?
テーマとしてそんなの地味すぎ?)

昨日、上戸彩ちゃん主演の「アテンションプリーズ」の最終回見て、全てがベタだったけど、
主人公が成長してすがすがしく終わって、それはそれでよかったんです。大体、
主人公が少しでも成長すると、「よかったね」って風にドラマや物語って終われる気がする。
シンプルに。でも、二十歳そこそこの彩ちゃんや新人キャビンアテンダントが成長するのとは
別な感じで、30代後半で仕事のスタイルが出来たヒロインが一皮向ける話ならではの
気持ちよさって、もうちょっとこの話なら盛り込めたような気もします。
成長に限らず、妥協も、ずるくなることも含めた「成熟」っていうのをヒロインにもっと
見せて欲しかったのかもしれません。

でも、大人が読める、活字の漫画、みたいなこういう勢いのある小説、悪くないです。
自分が長年いた世界をこうしてドラマティックに盛り上げて書ける作者は、すごいなーと
思いました。私が出版社の話かいたら、すごく温度が低くなる気がするもん…
ただ、こういう、ヒロインも書き手もパワフルな小説って、本当に落ち込んだときに
読んじゃうと、元気が出るか逆に凹むか、5分5分なんですよね。なので、あまり
疲れてないときに、ふと読むと一番素直に楽しいんじゃないでしょうか。

ちなみに執筆中の作家さんの脳裏にあったのは「ガラスの仮面」の、マヤが芸能界失脚から、
再び亜弓の相手役として舞台に戻ってくるリベンジ劇、なのだそうです。そんなお話満載の
作者のブログを拝見してると、なんだか、ヒロインの和美より、著者の魅力になんだか
ひきつけられそう。
辞めない理由・公式サイト http://homepage2.nifty.com/yamenairiyuu/
著者ブログ http://b-i-n-aono.cocolog-nifty.com/yamenainikki/
        ※書店まわり、POP描きなど、本を売るリアルなプロセスが面白い!

 
by tohko_h | 2006-06-29 21:45 | reading