三浦しをん「三四郎はそれから門を出た」

「三四郎はそれから門を出た」 三浦しをん(ポプラ社)

活字中毒で、街角で「喫茶店でお茶を飲もう!」と思うとまず、そこで読むための
本を買うために書店に入る、というほどの活字中毒作家・三浦しをんさんの
本にまつわる文章を中心に集めたエッセイ集。←でも、私も電車とかひとりご飯で
入るお店で読むための本がないとあたふた書店に飛び込むほうです(笑)。仲間!!
マンガから純文学まで、素直な感性でたくさん読まれていてその感想や読後感を
抜群に上手な文章で書かれているので読んでいて心地いい1冊です。
三浦さんご自身も作家なので、もっと創作する側の視点で読書エッセイとか
書いてるのかな?となんとなく思ってたけど(俳優さんの映画や舞台の感想が、
演じる側としてのそれになることが多いのと同様に)彼女の場合、読んでいる間は
純粋に読者の目線になっているところも素敵。
まるで、人の芝居を見て、意識するどころか「楽しい☆」と拍手してる北島マヤちゃん
みたいな作家さんなのね。天才ってそういうものなのかも。
読む側としても書く側としても一流だとそうなるのかな。

そして読書系以外のエッセイも最高!
エッセイを依頼してきた媒体の特色にあわせて、同じ面白い身辺雑記でも
トーンを変えて書いているものが何本かあって、それがまたいい趣。
たとえば、「婦人公論」に書いた、弟さんをテーマにしたエッセイ。
エッセイのネタにされたんだからiPODくらい買え、と弟に言われちゃった、
というあいかわらずの味のある姉弟のやりとりから始まって、弟と仲のよすぎる
親友ジロウくんの話(ボーイズラブ小説やマンガを熟読しているしをんさんの目には、
かなりヨコシマなふたりに見えるらしい(笑))の話などが面白く展開したあと
「子供のころには思わなかったけど、今、弟がいてよかったと強くそう思う」と、弟を
愛していることを認めてしまう。新しい。
最後まで「こまったヤツだ」で終わらせずに、三浦さんはこう書いている。

私が心底落ち込んでいると、弟はそれを敏感に察する。
察して、何も言わない。「あ、またブタ(彼は姉上をこう呼ぶそうです)が
へこんでやがる」という視線をチラッと寄こし、そばに座って黙ってバスケ番組を
眺めていたりする。
親だと心配させてしまうし、友だちに愚痴をこぼすのもしのびない。だれになにを
言われても慰めにならないほど、つらいとき。弟の無関心と「まあ、ちょっと一緒に
いてやるか。いまならへこんでるから、うるさくしゃべりかけてこないだろうしな」
という理解が、私にはとても居心地いいのだ      (きょうだい仁義)

本当に落ち込んだときに親や友だちに愚痴れないはじらいのあるしをんさんも
弟さんの沈黙も素敵だなーと思いました。そしてこういうトーンの文章もさらっと
かけてしまう文章力にも惚れ惚れ。

もちろん相変わらず、電車で読めないよ、これじゃ!と文句をつけたくなるくらい
笑えてしまうところもたくさん。
たまに「犬ってかわいいよね」っていう気持ちが突然盛り上がってしまう心の動きを
書いた「犬幻想」というエッセイの書き出しなんて、なんだか、うすた京介の
マンガの中の人物のセリフみたいに小粋でうさんくさくて、しかもバカみたいに面白い。

何年かに1度、我が心の内に「犬の山」がむくむくと隆起してくる。
「犬の山」とは何かと言うと、「やっぱり犬しかない」「犬っていいよなあ」と、
四六時中考えてしまう現象のことだ。つまり、犬ブームが到来するのだ。
マグマの抑えがたいパワーによって昭和新山が形成されたごとく、犬への
やみがたい熱情が体内に蓄積され、周期的に爆発してしまうのである。


…私の心の中、いえいえ、日本の文壇というところで、「三浦しをん」という名前の
活火山は、当分元気よく爆発を続けることでしょう。幸せです。
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by tohko_h | 2006-07-16 00:59 | reading