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読むビール 「ビア・ボーイ」吉村喜彦

「ビア・ボーイ」 吉村 喜彦

作者プロフィールを見ると、サントリー宣伝部勤務を経て独立、とあります。
サントリー宣伝部、といえば、作家の開高健、山口瞳両氏を輩出したことでも
知られる部署だったりもします。吉村さんは、数々の広告に携わった後独立、
今は、作家で、沖縄カルチャー通でそちら関係の本も出されている模様。
そんな「元・ビア・ボーイ」が書いた小説なので、面白くないわけが無いのです。
名前こそ微妙にいじってありますが、主人公の働いている会社は紛れもなく
サントリーっぽいし、ライバルの「ライオンビール」は、キリンを指しているのが
すぐにわかります! もちろん、なるほど、これはアレね、とそうやって
探りつつ読むのも楽しい本です。

主人公は、京都の大学を卒業後、大手洋酒会社に入社します。高倍率を勝ち抜き
皆が希望する、自由闊達でユニークな広告で知られる宣伝部に配属されて
仕事も絶好調。絶好調をいいことに、調子に乗って、取引先の社長のお嬢さんに
手をつけて左遷されてしまうまでは、挫折知らずの自信家のオレ様くん。
彼が異動を命じられたのは、本社を遠く離れた、日本で一番売り上げの悪い
ある支社。その田舎ぶり、無能そうな上役や同僚、耳慣れない方言など、
どれもが、望まない転勤、しかも広告の仕事が好きだったのに営業、という
仕事内容も変わってしまってガッカリしてる主人公を苛立たせます。
「早く、営業として結果を出して、本社に返り咲く!」と決意して、営業の世界へ。
上司の柴さんは、温厚な愛妻家だけど、なかなかデキそう。でも、むかつく
上司や感じの悪い同僚もいる。本社と違ってたたき上げ系の営業マンも。
何もかも勝手が違う営業の世界。坂の上の酒屋までビールケースを運んだり
ヤ〇ザみたいなコワモテの酒販店の社長を接待するのも大事な仕事。
夜は数軒飲食店を廻って、自分の会社の酒を飲むor自社の酒を入れてもらうべく
営業努力。実は、酒乱なのに酒の会社で働いている、という主人公は、この
「営業」でしくじったりもするけれど、だんだん、営業の面白さ、この土地の人たちの
よさを知り、だからこそ、自社製品を売りたい、と目覚めていきます。
売れないから、新鮮じゃないビールの樽が店においてある→店で生ビール頼むと
マズイ→売れなくなる、という悪循環になるんだ、みたいなくだりは、なるほど!と
読んでいて思いました。ビールも、ナマモノなんですよね。
そんなある日、ある全国レベルのプロジェクトに、宣伝と営業の両方を知っている
お前の力が必要だ、と本社から声をかけられたが…そのプロジェクトに会社の
跡目争いがビミョーにからんできて…。

ちょっと、夏目漱石の「坊ちゃん」に似ています。都会の生意気で怖いもの知らずの
若者が、地方に仕事で赴任して「なんだよ、ここ」と戸惑いながらも自分流にあがいて
仲間や世界を広げていく、悪いヤツには、地元の偉い人だろうが何だろうが
時には暴れたりもしつつしっかり正義の味方しちゃう。読んでいる間の爽快感は
ノド越しのいいビールといい勝負です。そして、ビールといっしょで、苦味もあります。
トントン拍子にあれもこれもうまくいって、という話ではなく、さまざまな現実の壁に
ぶつかる場面もあります。会社のという組織で生きる楽しさと怖さ、両方がしっかり
盛り込んであるところがリアルでした。
物語の最初、おごりの春の真っ盛りの中にいた主人公は、これから、働き盛りの
男子として、充実の夏を送り、したたかに、たくましくやっていくことでしょう。
読んでいる間の爽快感、仕事をすることの幸せと苦しさが全部つまっている、
本当にいい本! 読んでよかった(ハードカバーで買ったけれど後悔していません)。
おいしいビールを飲んだあとみたいないい気分だし、主人公がだんだん仕事に
目覚めて行く描写の疾走感、気持ちよく酔えました。

余談
色々な職業人を全部「オレ流」に演じてしまう木村拓哉くん主演でドラマにしたら
めちゃくちゃハマると思います。最初の方でおごりたかぶってるところも、熱血で
時には殴り合いも辞さないところ、失礼なことをやっても味方が増えちゃうところとか、
その熱血ぶりが、読んでるうちになんかこれって…ってイメージが重なってきて。
ビールを売るHEROっていうのもカッコ良いと思うんだな。

…この本についての記事、実は2~3回書き直してます。でも書けないんです、
何がこんなに面白くてワクワクして愉快だったのかって。いつもは、一応自分なりに
読んで感じた気持ちは全部書き込めてるのに、書いても書いても足りない感じ。
というわけで、卑怯ですが「なんていっていいかわからないくらい、言葉に
できないくらい面白かった」と言い切ってしまいます。ビールをなんで好きか、と
訊かれたときに、完璧に答えられないのと一緒で、この本のどこがどう良くて
好きだったか、自分の言葉じゃ足りなかった。そういう本と会えるのも素敵なことです。

そういえば、先日読んだ「三四郎はそれから門を出た」(三浦しをん)
ビールについてのエッセイが収録されてましたが(しをんさんはビール好き)、
あの文章は、本当にビールの魅力を上手に気持ちよく書ききってました、さすが!

ちなみに私は大学4年間、ビア・ガールでした。土日の半分くらいは。
といっても、バドワイザーの服を着て、みたいな華やかなものじゃなくて、
エプロンと店によっては三角巾まで着用で(笑)。
スーパーやデパートに新製品の試飲係として派遣されて「新製品の〇〇です!」
と飲んで買ってもらうアルバイトをしてたのです。交通費、試飲してもらった品物代は
出るので、どんなに遠くでも行ってました。朝9時半入店、10時の開店から
大体19時まで、途中1時間の休憩1回、15分の休憩1回。込んでるお店なら
楽ですが、すいてると結構退屈です。立ちっぱなしで、帰る頃には「今、私の足を
踏んだら殺す!」くらいの勢いで足がジーンと痛かったことを覚えています。
その「学生時代に沢山ビールを売った経験」を売りに、お酒の会社をあちこち
受けましたが、全部履歴書で落ちました(言い訳すると、営業希望で免許持ってない、
というのは就職活動業界ではとても非常識だったらしく、というのもあるし、いわゆる
景気が悪く採用数が最悪、しかも学生数は最高値、という就職難の最高のピークの
年だったりもしたんですよ・・・)。
そして当時の私は、ビール、全然好きじゃありませんでした。っていうか、飲めなかった。
もしかしたら、毎週売り物として接していて、1日中ビール触ってるから手がビールの
ニオイになって、飲みたいとは思えなくなってたのかもしれません。そういえば
漫画の編集になりたてのころ、学生時代はあれこれ読んでいたのに、仕事以外では
漫画読みたくなかった時期もありました。仕事にしてなおかつ好きっていうのは
難しいのかも。じゃあ、もしかしたらデパートに勤めていれば今頃…ベイクルーズに
就職できていたら…と、買い物好きすぎる自分を省みて思うのでした。

というわけで、かつて憧れたビール会社の営業の仕事がテーマになっている小説が
10年後に読めた、というのもすごく嬉しかったです。
by tohko_h | 2006-07-29 22:38 | reading