映画「女の子ものがたり」
2009年 09月 10日西原理恵子の原作(以前、ご本人がどこかで書いていらしたが
「小学館の作品はきれいで優しい系が多い」とのこと。これも
原作コミックは小学館です)が深津さん主演で映画化ってことで、
タイトルからしてもう、ザ・情緒、ノスタルジックどっぷり、みたいな
作品なんだろうなーと思ってました。読んだことないけど。
しかし、こういう映画って難しいねー。
地方の、昭和の、懐かしくてキレイな風景。
貧乏だけど印象的に生きていた人たち。
ぼーっと見てると、ぼーっと流れて行っていつのまにか終わってたという
感じ。実際、隣の席で見ていた女の子(大学生風)ふたりが
「後半、寝てたよ」っていいあう気持ちもわからなくもなく。
高原菜都美は36歳、スランプの漫画家で、作品が描けずに
うだうだしてますが、編集者の「友達いないでしょう?」の言葉
(原稿くれないのでキレて出た暴言)に、小学校からずっと
西にある海の近くの町で一緒に過ごしていた友達のことを思い出す…
というのが導入部。
で。回想に入って行くんだけど、時間的にも、シーンやエピソードの充実度に
しても、その、少女~青春時代の話のほうが圧倒的に映画の多くを占めている。
ポスターや宣伝は深津絵里主演となってるけど、中学からハタチくらいの
菜都美を演じた大後寿々花のほうが主演っぽいなぁ、と思いました。
まあ、宣伝とか女優さんのランク考えたら主演は深津さんってことで
売りこまねばいけない映画だとは思うけど、実際は、主演は大後さんで、
深津さんは特別出演って感じ??
菜都美(小学生時代は、初代まる子ちゃん役の森迫永依ちゃん)は
お母さんと、新しいお父さん(板尾さん)と三人で暮らすために海辺の町に
引っ越してくる。黒猫の赤ちゃんを拾ったことから、貧乏でいつもふたりで
古い服を着てみすぼらしいなりをしていたきみことみさと友達になる。
お金持ちの子に対する反骨心(貧乏な子たちはシール交換などの遊びに
入れない)、初めてのブラジャー、初めての恋、道に迷って一晩一緒に
すごした森の中、先輩のエッチを見ちゃったヤバい午後、など、三人の
女の子たちは、楽しいときも、つらいときも(それぞれ、家庭は事情が
あったりお金がなかったりでいつでもつらそうだ)、笑いさざめている。
だけど、賢い彼女たちは、そんな時代にも終りが来ることを知っている。
この町の女の子は、ヤクザやダメ男と結婚するか、町を捨てて行くか、
どっちかを選ぶのが相場らしいから。
すべての女の子たちが前に進めるような道があるといいな、と願いを
こめて、菜都美が町はずれの掘っ立て小屋に絵を描いた。
これは西原さんが原画を描き、スタッフが大きく描きおこしたそうだ。
そして、きみことみさは、つまらない男と結婚して、殴られたり、
お金に困ったり、と、彼女たちの母親が送ってきた人生を
トレースするように、この街の女、になっていく。そんなふたりを
「これで幸せなんだよね」と納得しようとしてもできない菜都美。
そしてふたりも、菜都美は自分たちと同じ生き方を望んでいないこと、
別の道がある人だということを分かっていて、ある乱暴なやりかたで
背中を押すのだった・・・
そうして、東京に出てきて、マンガを描いて、やってきたんじゃないか・・・と
自分の原点にたちかえった菜都美は、久しぶりにあの町を訪ねる・・・
といったお話です。
見ていていちばん菜都美に共感したのは、ヤクザな感じの男と結婚して
顔に青あざつけたり頭に包帯を巻いている友達ふたりを見て、やるせなく
なって「ちゃんと働いてるのに殴られるなんて変だよ」というシーン。
友達がつまらない男に振り回されてるときって、同性としてほんとつらい。
しかも彼女たちがべたぼれだったりすると。あるいは、ベタぼれでいようと
必死になっていることに気付いてしまうと。
ちなみに若い編集さんは、偽ハンカチ王子こと昭和の美男子・福士くん。
ポロシャツとチノパンに画稿ケース、という編集スタイルが似合います。
(堀北真希とゆずのドラマで、刑務所にいた怖いお兄ちゃんをやっていた
ときはどうかと思ったけど、やはり彼はいいですねー)。
ヒロインの菜都美って、
菜→なっぱ→のはら?→田舎
都→都会
ふるさとも頑張って出てきた都会もどっちも美しくていとしい、なんて意味で
命名されたのかな、なんて勝手に想像してみたり。