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2007年 08月 20日 ( 1 )

「贈る言葉」柴田翔

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「贈る言葉」
柴田翔
我ながら、ファッション誌の
読書コーナーそのまんまだな、
と思ってしまうほど
新刊、ミステリー、恋愛
小説が多めの
軟派な読書日記だけど、
たまには歯ごたえのある
昔の名作なども・・・


この本が最初に発行されたのはなんと私が生まれる前。
1971年のことだという。確かに、若者たちが遊ぶ場面では
皆、すごいテンションでボーリングに興じていたり(ちなみに
うちの両親の馴れ初めは、ボーリング場でのナンバだったらしい(笑)。
そういう時代だったのだ)、OLが「BG(ビジネスガール)」と
書かれていたり、ザッツ昭和40年代、な世界なのだが、
そこに描かれる登場人物の喜怒哀楽には、2007年の今読んでも
「わかるよ、なんとなく」と頷けてしまうところが多々あり、
時代を超えた万人共通の感覚っていうものは存在するんだな、と
びっくりした。

表題作「贈る言葉」と「十年の後」の中篇2本を収録。
いずれも、主題は「青春の終焉」といったところであろうか。

「贈る言葉」は、ある男子大学生が、かつて恋人だった女の子に「贈る言葉」として
語りかけるスタイルで進行する、頭のよい大学生(本郷や駒場が彼らの世界…
そう、東大生カップルなのです)たちの不器用な恋愛の話。
電車の中で知り合った、美しくも垢抜けても いない女の子に心惹かれた主人公は
友人宅で彼女と再会し、親しくなる。「女は男と違って余計な家庭科を勉強
しなくてはいけないし、何倍もがんばらないと認められない」と力強く言い、
実際に外交官試験を志して猛勉強する彼女の話を最初は好意的に聞いて
いた彼だけど、ある一点で2人は惹かれあいながら対立することに。
要するに、もう寝てもいいと思う彼に対して「ダメ」と言う彼女、という
ありがちな対立なんだけど、彼女の頑なさは半端ではなく、彼も
怒り半分、悲しみ半分で戸惑い、お互いに疲れ果ててしまう。
こういう不毛さって、性的な感覚が時代によって変わって しまっても、
なぜか頷けてしまう。異性と抱き合うにも抱き合わないにも
理由や必然性なんてそんなに重要ではないのに(好きだから、とか
雰囲気がいいから、みたいなシンプルな動機で十分足りるとも言える)
何か意味づけを求める男女の不器用さは 痛々しくて、だけどみずみずしくもある。

そして「十年の後」は、再会した学生時代の恋人と、お見合いで知り合った
婚約者の女性との間で揺れる青年を描いた、という、プロット的には
テレビの恋愛ドラマみたいな話なんだけど、主人公の男性の心理描写が
読んでいて切実に胸に迫ってきて、息苦しくなった。元恋人の女性への
思いが膨らむと、婚約者の女性に電話をかけるのが億劫になるとか、
女性側の気持ちになるとたまったものじゃないけど、こういう風に
人の心ってぐらぐらするよな、と読んでいてすっと入り込めた。

この小説を読んで「こういう不器用さが青春なんだよなー。
生きることにまだ慣れてないしいろいろ免疫ないから、
そりゃもたもたがたがたするよなー」と思い、その次の瞬間、私の青春は
いつ終わってたんだろう、と思った。その渦中にいたら、こういう感想には
ならず、もっと登場人物たちの目線で読んで、彼らの不器用さや
無様なところにいちいち恥ずかしい、やだ、と反応してたはずだ。

というわけで、自分がピリオドを打っていた時代のおさらい、みたいな気持ちで
読みました。
by tohko_h | 2007-08-20 23:30 | reading